今日も私は報告に行く

私は毎朝、般若心経を唱える。亡くなった人、生きている人、その一人一人の魂に敬意と祈りを捧げる。魂なんてあるかどうか知らない。だけどその人の人生を思うと祈らずにはいられなくなる。毎日毎日ひたすら祈って尊敬を伝える。祈りを通して。「あたし何してんのかなー」って毎日思うけど、やっぱり祈る。他人のために祈っているみたいだけど、結局自分の心と向き合っているだけってこともわかってる。でもいいんだ。般若心経の言葉は私の中から湧いてきて私の細胞になってゆく。毎日毎日私は祈る。
毎日毎日、神社まで歩く。行者のようにひたすら歩く。2時間、3時間、4時間、私はひたすら歩く。自分の好きな密教の呪文をぶつぶつ唱えながら歩き続ける。歩く行をしてるみたいだな、と毎日思う。ひたすら歩く。歩くことに集中しすぎて車や自転車にひかれたら大変。気を付けて歩かなきゃならない。神社で神様に毎日あったことを報告する。神なんているかいないか私は知らない。いてもいなくてもどっちでもいい。ただ報告したいから手を合わせる。誰に?じぶんに?わからない。そんなことどうでもいい。ただ報告したいだけだから。修行僧のように私は手を合わせる。一昨日も。昨日も。今日も。そしているかいないかわからない神様に言う。「明日も報告に来ます」と。約束する。
太陽の高さが毎日変わってゆく。家々の草花・樹木の表情が少しずつ変わったり、急激に変わったり。陽の光が変われば風景が変わる。影の深さや色の彩度・明度。曇ってる日、雨の日、強風の日、晴れてる日。どれも素敵。寒い日が好き。物凄く寒くて曇ってる日。とっても好き。何だかとっても自由で自分自身でいられる感じがするから。
私は毎日毎日ひたすら祈って。ひたすら歩いて。毎日毎日行き過ぎる風景を眺めて。匂いを嗅いで。お経を唱えて。
そして毎日思うことは昔の人って凄いな、ってこと。だって移動手段が自分の脚しかない。どこへ行くにも歩いていく、、、それってすごいなー、と毎日思う。歩きながら毎日思う。どんなに疲れ切っても先へ進むには自分の脚で歩くしかない。どんなにしんどくても自分の脚で歩くしかない。すごいなあー、って思う。私も真似して歩く。
祈ること、歩くこと、報告すること、それが今の私には一番しっくりくる。一番私に似合ってる。